スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/-- --:-- | スポンサー広告


リアクション

8/21 16:30 加筆修正しました。

少し前に書いた記事で、つまらねーコメントを規制すべき理由をちゃんと説明していなかったので補足する。

つまんねーコメントをするな、の本意としては「相手の意思を汲み取れ」であるのは確かだが、してはいけない(されたくない)理由として、第三者の疎外感というものが大きくある。
要するに、コメントでの馴れ合いと呼ばれる慣習は、読み手⇔書き手を結びつけるような役割にも思えるが、それはあくまで一個人と結んだだけであって、傍から見たところで何の面白みもないので規制しようというわけだ。

1人が同じスペースで複数の人間と個人対談をしているというのは、ネットならではというか、現実じゃありえない話である。
読み手は書き手と相対したいので、(唯一の手段として)コメントを書く、ここまでは普通だ。しかし当然ともいうべきか、コメンターには他の読み手のことなど眼中にない。
つまりその読み手にとって、書き手と他の読み手がコメント欄で交流する要素なんて全くもって不要である。

そしてそういった1:1主義者ともいえるエゴ連中がコメントを競い合った結果、現実にはありえない異質空間が出来上がるのである。再度言うが、傍から見たところで何の面白みもない。
(そもそも他人の土俵で1:1に持ち込む姿勢がおかしい気もする)

で、あるからして俺は、誰からコメントがこようとも、つまんねー・不適な内容はわりとドライな対応でバッサリ切り落とすことにしている。
『コメントすんな』は正直言いすぎだが、『メールでやれ』と言いたくなるやり取りはもの凄く多い。


しかし、どうやらこれは一概に第三者のためになる在り方ではないようだ。

俺が正しいのか違うのかは別として、方向が一点(今回で言えばゆん氏)を見ているコメントの返信を含めたやりとりは、俺の意に反して第三者にもそこそこ好評だったらしい。

対岸の火事は面白いからであろうか。

自分のところで起こされたら投げ出したくなるような問題も、他人のところで繰り広げられているのを安全な位置から"ただ見る”から面白いのである。(さらに大人数でつっつくというのがブログ炎上という事象になる)
わりと無茶な論争の発生場所にも、第三者は集まってくるということが体感的にわかった気がする。

しかし、こうなってくると本当にどういう形がベストなのかわからなくなる。
コメントいらねえよって言ったら、コメントが増えて反響も大きくなった、ってのも予想通りであったとはいえ皮肉な話で、これからの振る舞いをどうすべきかハッキリと見出せない。新しい発見と同時に非常に困った。




今回ブログ閉鎖システムにコメント自粛と、詭弁レベルの意見を飛ばしまくったが、実際は殆どの表現が自由で、これを直接規制するものなど何もない界隈である。
おれがどんなスタンスを貫こうがブログの全体は変化しないし、毎日のように当たり障りのないコメント交流はくりひげられる。

適材適所というやつなのだ。おれが要らないと思うものは、別の場所では必要であるわけで、その事に口出しするのは、さすがにナンセンスだ。
だからこそ自分の場所ではスタンスをハッキリ示そうと思い、今回の行動に至った。長々と書いてしまったが、俺がここにくる人に主張したいことは以下一行に要約される。

つまんねー表面上の交流なんぞクソ食らえ。

多くの反感や誤解を与えたかもしれないが、こういう形でしか歓迎のできない男なのだと思っていただきたい。




んで最後に。

何につけても「自分の勝手」と言う人がいるが、言いっ放したことでも誰かに影響を与えているということを自覚しなくてはならない。
表現が自由だからといって、何をしても大丈夫だというわけではない。それに気付き、脳裏に残しながら行動(今回で言えばコメント発言)してほしい。俺の望みはそれぐらいだ。

不器用なりにも、相手をちゃんと理解した交流をやっていきたいものである。

以上をもってして、今月のブログに関する主張を終了としたい。

2009/08/21 00:00 | 思想COMMENT(3)TRACKBACK(0)


懲りずに失礼しますm(_ _)m
コメント欄も含めてよりクオリティーの高いモノを
心がけている様な感じがして
凄いなと素直に感じます。

でも読み手として、書き手と他の読み手の交流でも
少数であるかもしれませんが
実際に不要とは思ってない人も
少なからずいるんじゃないでしょうか??

エゴになってしまうんでしょうが、
少くなくとも自分は一応いろんなブログで
コメントとかそれに対する書き手の返信内容とか
見たりはしますし、中には、
読み手のソコを突いてくるか!?
と言う様な鋭い指摘内容、
対応するように書き手の鋭いの返信があって
面白いと感じる時もあります。
※対岸の火事的な意味ではなく
具体的な例を挙げろと言われると
キツイですが^^;

この今回の記事の内容としては
より質の高いブログを目指すためも
他の読者が見てサムい、つまらない、不要と感じる、
そもそも見てない、スル―する様な
コメントのやりとり
もしくは自分の観点から見てサムい、
つまらねぇ他との交流は
避けたいと言った考え方なんでしょうか!?

こういったブログのあり方についての思想には
非常に興味があるので参考にしたいです。
No:201 2009/08/21 06:21
雲鼓漫 #- URLedit ]

 多くのブロガーにとって、コメント欄というのはつまり「感想欄」です。書いた記事に対して、「面白い」だの「つまらない」だの、馴れ合いでも、いわゆる「荒らし」書き込みでなければ、どんな書き込みでも許される場であるし、特別馴れ合いに目くじらを立てる人もそうそういないんじゃないかと思います。彼らにとって、コメント欄とは「自分の記事がどう見られているか」を知る場であり、興味深い意見や鋭く丁寧な反論は、必ずしも必要としません。記事は面白くしようとしても、コメント欄は別段「面白くなくてもいい」と考えているのではないでしょうか(僕もその一人です)。

 統計をとったわけではないんですけれども、カナタさんのような姿勢のブロガーは比較的少数派なんではないですかね。あくまで私見ですが。

「賛美だけのコメントは無意味だ」という主張にも同じことが言えます。確かに「議論」だと全面賛成の意見は全く意味がありません。しかし、コメント欄が単に「感想」を求める性質のものならば、「面白いです!」だけの書き込みにも(管理人にとって)意味がないわけではありませんし、むしろそういうコメントを積極的に欲している面があります。

 まあそういう人に関しては「メールでしろ」ってなるんでしょうけど、トラブルを避けるために、カナタさんのコメント欄に対する姿勢をどこか分かりやすいところに明記して置くのも対処法の一つではないかと思います。完全に余計なお世話ですね。

 あと、これは主旨からは反れるのですが、先日のゆんさんとのやり取りを「火事」と表現するのには疑問を感じました。同じ主張を、何度も繰り返し書き込んでいる点は気になります。ただ、書き込みの分量、言葉使いからして、彼は「荒らし」ではありません。一行だけ「シネ(規制してたんですね)」など、暴言を吐くだけのような書き込みをする人間、行為が「荒らし」で、それが大量に沸くと「炎上」するわけですが、解釈の仕方は色々あるにせよ、あれを「火事」呼ばわりするのは若干ズレているのではないかと思います。

※『最低限のモラル』のくだりに関しては、記事の方で修正が入ったので、その部分の書き込みを撤回します。
No:203 2009/08/21 14:51
陸 #m2JyH2JE URL [ edit ]

>>雲鼓漫様
つまらない交流自体は気にならないのですが、それを他人の目に付くコメント欄で慢性的に行うのがなんだかなー、という気がします。

しいて言うならば「くだらない落書きはなくそう」ですかね。
こればっかりは、おれの主観でザクザクと判断していくしかありません。消しはしませんが。

あと前回のコメント返しは、俺なりには普通なつもりでした。
「やべー、警察だけはご勘弁を^^d」とかなら良かったんでしょか。


>>陸様
コメント欄を軽視する流れは確実ですね。
僕はその流れにのって、当たり前のように振舞ってくる連中も思慮が足りないと思うのですよ。

とはいえ。
前回「掲示もせずに規制とな!」という、超カスタマー寄りな意見があったという事態も踏まえて、今回は自分の迎える姿勢等を長々と書かせていただきました。

「この箇所を読んでないから、当たり前の姿勢で普通のコメントしちゃいましたあ」はどっちの配慮不足かって問題になってきますが、僕はこれ以上の措置はやらないと思います。
読み手と書き手に優越をつけるつもりはありませんが、迎える側は過度にへりくだっては破綻する気がします。

『炎上』と『荒らし』はジャンルの違う言葉なので、このへんは解釈の違いでしょうか。
火事というのもプチ炎上にかけた言葉だったのですが、単に『熱源』に人が群がると表記したほうが良かったかもしれません。
No:204 2009/08/22 09:48
カナタ #- URL [ edit ]












管理者にだけ表示を許可する


 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。